「AI登場は幸福か不幸か」と聞かれて、考える前に「幸福でしょ」と思いました。
西垣通さんの『AI人類学 生成AI時代の超倫理』【PR】(講談社選書メチエ)を、図書館で借りました。
借りた理由は単純で、AIと書いてあったからです。
AIをすごいと持ち上げるのでもなく、危なくて賛同できないと突き放すのでもない。第三の道はないのかと探していく本です。
正直に書くと、今の自分には難しい本でした。
最後まで通して読んだわけではないです。気になる箇所だけを拾い読みしました。1日で読んだわけでもなく、飛び飛びです。
そんな読み方をしていたのに、後半のこの見出しで、読むのがゆっくりになりました。
「AI登場は幸福か不幸か」
自分の答えはすぐに出ました。幸福でしょ、と。
「AI登場は幸福か不幸か」
本の終盤は、3つの質問で組み立てられています。
AIは人間をしのぐ存在になるのか。日本はなぜデジタル化で立ち遅れたのか。そして3つめが、この幸福か不幸かでした。
同じ問いに、西垣さんはこう書いています。「AIによって人間は幸福になる」というポジティブな答えは、なかなか出てこない。
幸福にする側の意見も、本のなかにあります
幸福にする側の意見も、本のなかで紹介されています。
ひとつは、仕事の効率が上がるから。もうひとつが、「AIと話すと人間よりホッとする」という声でした。
西垣さんも、この声をあまり責める気にはなれない、と書いています。
ただ、そう感じる理由のひとつは、と続きます。
長いあいだつちかわれた共同体が崩れて、個人競争に投げこまれる。
そこで傷ついたプライドを、AIが慰めるフリをしてくれる。人間相手より面倒がないから、心地よいのだ、と。
そのうえで、こうです。
「だが本当に問題なのはむしろ、AIに慰めを求めたくなる今の競争社会のあり方なのである」(200ページ)
確かにそれは思うところではあります。
ただ、自分もAIとやり取りしていると非常に楽だと感じるので、それはそれでありだと思っています。
丸ごと信じているわけではありません。それって本当?とは考えます。
でもそれはAIだからというより、人間が相手でも同じ感覚です。
競争社会にさらされている感じが、しません
というか、自分がそれほど競争社会にさらされているのかどうか、よくわかりません。
そんな感じはしないけどな。
ここが、自分でも噛み合いません。
とってかわられるとは思っています
事務の仕事は、AIを使いこなす人にとってかわられる。そう思っているからです。
ただ、AIを使うのは人間です。使う人がいなくて、事務にAIを取り入れなければ、今のところは大丈夫でもあります。
社内を見ていても、まだAIを使っている人は少ない印象です。
それでも世の中では、AIを使ったところがどんどん差をつけていきます。
使っていないところは、置いていかれるしかないはずです。
わかっているのに、競争している気持ちにはならないのです。
なぜだろうと考えてみました。
AIをどうしても使わないとダメだ、と思って触っているわけではありません。純粋に興味があるほうが強いです。
さわり始めたのは、ChatGPTが出てきたころでした
さわり始めたのは、ChatGPTが世に出てきたころでした。
そのときは今のように使いこなせず、課金しながら、少しずつ使ってきました。
無駄に課金だけして、使っていない時期もあります。まあ、そういうものなのでしょう。
いま続けているのは、読んだ本の情報をNotebookLMに集めることです。
集めておくと、何か気になったときにそこへ聞けて、より理解できます。
この本も、そうやって入れました。
いちばんよく開くのは、著者の言っていることがイマイチ納得できないと思ったときです。
直近だと、この本でした。
あの答えが、納得できませんでした。
それで、このレビューを書くタイミングになって、もう一回調べてみようとなったわけです。
納得できないと、また調べたくなります
読んだあとも、AIの使い方は特に変わっていません。
「幸福でしょ」と思ったことも、そのままです。
納得できないことが出てくると、また調べたくなります。それくらいの興味で、いまもさわっています。
「AI登場は幸福か不幸か」。
みなさんなら、どう答えますか。
本書は図書館で借りて読みました。献本ではありません。
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